自分の頬を自然と伝ってくるものに気がついたのは、それが床に静かに落ちたときだった。
頭脳は大人、中身は子ども。それでも彼は世界の切り札。
隣の○○君
『しばらく会えなくなります』
また流河君が大げさに言っているだけだと思った。
でも、今回は違って。
いつ帰ってくるか分からないとか、いきなり言われて正直どうしていいか分からなくなった。
「どうしても日本を離れなければいけなくなりました。事件がいつ解決するかも分かりません。」
でも、前々から、いつかこういう日が来るんじゃないかって思ってた。
最近は、なんとなく薄々、感じてた気がする。
あまり外にでかけたがらない流河君が、いつになく外出を誘ってくれたりして、一緒に出かけることが多かったから。
なんでだろう、って思ったけど、聞かなかった。
聞けなかった。
でも、私のただの考えすぎだろう、って思って流河君と一緒にいる時間を私は、楽しんだ。
でも、考えすぎなんかじゃなくて、今こうしてその杞憂を突きつけられた。
「イギリスに行きます。」
─だけど、分かっていたとしても、素直に受け止められるものじゃなかった。
「・・・・で、でも、1ヶ月とかで、帰ってくる・・よね?」
「いえ。さっきも言ったように、いつになるか分かりません。1年・・・いえ、それ以上かもしれません。
・・・もしかした帰って来れない、なんてことも考えにおいておいたほうがいいでしょうね。」
「なっ・・・そ、そんな急にっ」
「急では、ありません。少し前から、このことは決まっていました。」
「・・・・!!」
少し前から決まってた─・・・
流河君は優しいから、きっとイギリスに行くって決まったとき、私にそれを言うのを悩んだと思う。
私が傷つかないように。
私に気を使わせないように。
「と、突然すぎでしょ・・?あ、会えなくなるとか、いつ帰ってくるか分からないとか・・・そんな漠然と言われても・・・
私、どうしたらいいか分かんない・・・。」
どうしたらいいのか分からない
違う
どうにでも出来ないから、怖い
「すみません、・・・でももう決まったことなんです。分かってください。」
「そ、そんな急に言われても、分かってくださいなんて・・・無理・・。」
違う
「だって!!だ、だって・・・前みたく、大げさに言ってるわけじゃなくて、本当に会えなくなるんでしょ?
いつ帰ってくるか分からないんでしょ?・・・・どうしたらいいか分かんない・・・。」
だから
「私は、好きな人が遠くに行って、いつ会えるか分からないいつ帰ってくるか分からない、帰ってこれるかも分からない、
それで、『はい、そうですか』って、聞き分けのいい子じゃないよ・・・。」
そんなことを言いたいんじゃない
我侭言って困らせたいんじゃない
だけど、止まらなかった
流河君がLっていう人で、ものすごく忙しいのも分かってるつもりだった
だから、多分きっと心のどこかでいつか離れていってしまうんじゃないかとか、思ってたのに
実際こうしてその言葉を突きつけられたら、たまらなく嫌になった
離れたくないっていう、その気持ちだけが一人で走った
流河君のことが大好きで、大好きだから、流河君が遠くに行くって言っても私は「頑張って」とか「たまには連絡してね」とか
言えると思ってた
なのに、今私は流河君のその言葉を素直に受け止められなくて、何処にも行って欲しくなくて、傍にいて欲しくて、
ただ、流河君を困らすような、そんな事しか言えない、最低な人間だった
「じゃあ─・・・どうすればいいですか?」
ほら─・・・流河君困ってる
『わがまま言ってごめんね』『頑張ってね』『遠くに行ってもたまには連絡してね』
言わなきゃ
言わなきゃ
言わなきゃ
「・・・どうすれば、って・・、私だって、聞きたいよ・・。」
どうして言えないの
どうして彼を困らすことばかり言うの
そんなこと言いたいんじゃない
「・・・・さん、私は、Lです。」
分かってる
「それを言い訳にするつもりはありませんが、それ故に普通の民間の方とは異なった生活を送ることが多いです。
そう、今回のようなことだって、珍しいことではありません。よくあることです。」
言い訳だなんて、思ってない
流河君が「L」だって、それを覚悟で付き合ってきた
それでも私は流河君が大好きだから
「それを、分かっていただきたい。」
「・・・、分かってる、けど、分かってるけど・・!!」
分かってるけど─・・・・分かってるのに・・
「もし、それが無理であるなら、」
それ以上は聞きたくない
言ってほしくない
きっと一番聞きたくない言葉
お願いだから、それだけは言わないで
もう、わがまま言って困らせたりしないから
だから
「─・・・別れましょう。」
─・・・言わないで
「大好きですよ」
って、もう一度言って
私の欲しい言葉はもう聞けなくなった
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