静寂とした部屋に、静かな言葉と、その部屋のドアの閉まる音が、静かに響いた。
頭脳は大人、中身は子ども。それでも彼は世界の切り札。
隣の○○君
しばしの沈黙の後、頬に流れた涙をゴシゴシと拭い去ると、それを見つめる竜崎。
どちらからどう言葉を発すればいいのだろうか、竜崎がそう思った矢先だった。
「─・・・今までありがとう。」
一言、はそう言った。
その言葉にハッとして彼女を見れば、先ほどまでの涙は拭い去られにこりと笑った。
無理やりに笑顔を作っているのが分かる、肩が少し震えていた彼女を見て、竜崎は心が痛くなった。
『別れましょう』、この言葉に対しての、彼女の精一杯の言葉だった。
それ以上にはもう、何も言えなかった。
きっと言ってしまったら、折角拭い去った涙の意味がなくなってしまう。
竜崎はどう言葉を返すべくか分からずにいたが、気がつけば彼女の笑顔は自分の目の前にはなく、
彼女が部屋を出て行こうとする後姿のみだった。
「っ・・・」
『─さん』
思わず呼び止めそうになったその口をギュっと紡ぎ、竜崎は彼女が部屋から出て行くのだけを、そっと見送った。
何も言わずに。
言ってしまったら、手放したくなる。
自分で手放す合図をしたくせに、勝手なことを思っているのは承知だった。
そして静かにドアの閉まる音が響いた。
「さん・・・」
誰もいなくなった部屋に、竜崎の声が静かに響いた。
ズルリと壁にもたれかかるように崩れた。
心が喪失感と後悔だけで埋め尽くされた竜崎は、初めて涙を流した。
少し期待していた自分がいた、『別れたくない』という言葉を。
だけど、そんなのは自分勝手も承知だった。
彼女は自分を困らせたくないために、最後にあの言葉だけを言って、行ってしまった。
別れを切り出されたくない、嫌われたくないがために放った自分の言葉に、これ以上ないほどに後悔の念を抱いた。
「さん・・・大好きです・・・。」
彼女がいないこの部屋では、もうなんの意味もなさない言葉になってしまった。
竜崎の部屋を後にして、自分の家路を辿る。
部屋を出るまでは、いつもの自分でいよう、泣いてわめいてかっこ悪いところも、見られたくない。
部屋を出た後、逃げ出すかのように走って帰った。
「・・っ・・はぁ・・」
走って乱れた息を整える。
先ほど拭って我慢した涙が零れ落ちることもなかった。
不思議と涙が出てこなかった。
もう少し粘ったらどうなっていたんだろう、もし自分が『別れたくない』と言っていたらどうなっていたんだろう、
『もし』と言う場合を考えれば考えるほど後悔でいっぱいだった。
『もし』別れたくない、と言っていたら、もしかしたら今こうしてこんな想いをしていなかったかもしれない。
「こんなに好きなのに・・・なんで・・別れたくないって・・・どうして一言でも言わなかったんだろう・・・」
今更そんなこと思ってももう遅い、分かっていても思わずにはいられなかった。
どうして素直になれなかったんだろう。どうして“聞き分けのいい子”を演じてしまったんだろう。
そして思えば思うほど、流河君に会いたくなった。
「?」
聞きなれた、優しい声がした。
どうしてこうも自分はタイミングが悪いんだろうか、はそう思わずにはいられなかった。
今はあまり誰かと話をしたくなかった。
だけどは平然を装って、声の主に言葉を返した。
「・・ライト。どうしたの?」
「ちょうど良かった。今母さんに頼まれて回覧板回してくれって。」
「あ、回覧板ね。ありがと・・。」
今誰かに声をかけてほしくなかった。
しかも、よりにもよって仲のいい幼馴染。
今きっとその優しい声でなにか言われたら、多分、耐えられなくなってしまう。
「?なんかあった?」
あぁ、鋭い。
昔からそう。洞察力に優れてるっていうか、なんていうか。
幼馴染だからかもしれないけど、彼はいつも人の異変に気づくのが早い。
「なにも、ないよ?なんで?」
「無理矢理、顔作ってる感じしたから。なんて。」
気のせいか、と笑い飛ばすライト。
なんかあったんだろう、ってことはなんとなく気づいてると思う。
だけどあえて深く聞いてこないのは彼の優しいところだと思った。
そんな幼馴染の優しさが、我慢しているものを込みあがらせた。
お願いだからもう何も言わないで。
「回覧板、ありがとね。」
「ん。あ、もうすぐ新学期だな。遅刻するなよ。」
「しないよー。」
「またクラス一緒になったらすごいよな。」
「ね。そしたらさ、小・中・高ってライトとずっと一緒のクラスだもんね。」
「あぁ。流河も一緒だったらもっとすごいよな。」
その名前は、聞きたくない
ううん、聞きたくないんじゃなくて─・・・聞いたら、また求めたくなってしまうから
「あー・・う、うん。」
「・・・?流河となにかあったのか?」
「え・・あ、いや・・。」
「ケンカでもした?」
もうケンカだってできない。
一緒においしいお菓子食べたりすることだってできない。
もう─・・毎日のようにお菓子を作ることもないんだ。
そう思ったら、悲しくなった。
たったそれだけのことなのに、なにもかも奪われたかのように思えてしまった。
私の生活で流河君がどれだけ一緒にいて、どれだけ重要な存在か改めて思い知った。
「・・・?」
目の前にいる彼女がボロボロと大粒の涙をこぼした。
嗚咽交じりに言った言葉に、僕は自分の耳を疑った。
「っ・・りゅ、がくんと・・・別れ、た・・・。」
いっぱいいっぱいの声でそう言うとはさっきまで我慢していたものを吐き出すかのように
声を出して泣いていた。
その状況に僕はただ泣いている彼女をそっと抱きしめてやることしか出来なかった。
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