なにをやったって駄目な日というのがある。
多分、今日はそれだ。
side Childhood friend
隣の○○君
ガチャン
手を滑らせ、ティーカップを落としてしまった。
幸いにもカップは割れず済んだが、中に入っていたコーヒーが零れ、テーブルの上に無造作に置かれていた
これから見るであろう資料へと染み込んだ。
その様を見て大きくため息をついた。
「・・・はぁ。」
ここ一週間、竜崎は心此処に在らずと言った感じであり、何をするにしてもはかどらなかった。
一応、仕事はしているがそれでもいつもよりもずっと手際が悪い。
こうして今のようにコーヒーを零したり、キーボードを打てば打ち間違え二度手間。
そのたび、深いため息が漏れた。
原因はもちろん、言わずとものことであった。
さんに別れを告げて一週間。
あのときに何故あんなことを言ってしまったのかと、らしくもなく後悔している。
もっと違う言い方や、やり方があったんじゃないだろうか。
冷静になってみれば、そんなものいくらでも頭に浮かんでくる。
言い訳がましいかもしれないけれど、あのとき頭の中が真っ白になっていた。
あんなことは生まれて初めてだ。
だけど、嫌われたり、別れを切り出されることが怖すぎた。
結局はただの逃げだ。
そんなことは言われずとも分かっている。
分かっているからこそ、無償にやるせなくなるし、自分に腹が立った。
あのとき見た彼女の表情が鮮明に焼きついている。
あんな悲しそうに笑うなんて、私はとんでもないことを言ったものだ。
自分勝手にもほどがある。
きっとさんのことだから、自分が我侭を言ってしまったからだとか、そんなようなことを考えただろう。
だけどそれは違う。
我侭なのは私だ。
結局はさんの優しさに甘えていただけだったんだ、と。
こんなことを考え始めれば、竜崎の仕事の手もパタリと休まった。
もちろん、ワタリもそれが何故なのか分かっていた。
故に何も口を出さなかったのだが、今日は違った。
「竜崎。」
「・・・なんですか。」
「少し休まれてはどうですか?」
「・・・別に平気です。」
「嘘を言わないでください。そんな状態で仕事をされても、はかどるわけがありませんよ。」
「・・・・迷惑だと?」
「いいえ。心配なだけです。」
「・・・・分かった、少し休む。」
「はい。」
人に言われても、こうして自らの口で『休む』だなんて滅多に言わない竜崎。
自分でも今の状態では駄目だと、十分に分かっていたのだろう。
(─・・・会いたい。)
思うことは、いつものこのことばかり。
そしてそう思うたびに自分に嫌気が刺す。
“別れを切り出したのは自分だ”と。
PiPiPi・・・
そんなとき、静かな部屋に規則的な電子音が鳴り響いた。
あかさますぎるほどにその電子音を鳴らす携帯電話を嫌そうに見てから、仕方のなさそうに通話ボタンを押した。
「・・・もしもし。」
『もしもし。流河か?』
電話の相手は竜崎にとって意外な人物だった。
いや、意外でもなかったのかもしれない。
いずれにせよ、彼から何か言われるであろうことはなんとなく予測はしていたから。
「私の携帯で私でないわけがないでしょう。」
『皮肉は相変わらずだな。』
「で、ライト君。なんの用ですか?」
『分かってるんだろ?なんで僕がこうして電話なんかしたのか。』
ライトと一応は番号の交換はしていた。
とは言っても、に教えた番号ではなく、竜崎からしたら所謂一般用とでも言うのだろうか、
その番号を教えていた。
「まぁ、大体察しはつきますが。」
『話がある。』
「これ≪携帯≫じゃ駄目ですか?」
『直接言わないと、どうにも僕の気がすまないんでね。』
「・・・そうですか。分かりました。ではどうしますか?」
『学校の近くの公園。そこで。』
「分かりました。では。」
プツリと通話ボタンを切り、重たそうに腰を上げた。
携帯以外何も持たず、外へ出た。
ワタリに車を出すかと聞かれたが、断った。
待ち合わせた場所へ向かっている途中、色々考えた。
まずライトが話したいという事は十中八九のことであろう。
きっとライトは怒っているに違いないと、竜崎は思った。
なにしろ彼も元・のことを好いていた人物であったのだから、自分がに別れを切り出したことを知ればそうなるだろう、と。
そしてもう一つ。
歩いている場所を見渡せば、そこを歩くときにはいつも隣にがいたんだということに気づいた。
「こんにちは。」
竜崎よりも早く来ていたライトにそう言った。
ライトはそんなことはどうでもよさそうな顔をして一言『あぁ。』と言っただけだった。
「それで、言いたいことは?」
先に話を切り出したのは竜崎だった。
もちろん、竜崎からこの言葉がなければライトが早速用件を口にしていただろう。
「から聞いたよ。別れたって。」
「─・・・そうですか。」
「幼馴染だから、昔からのこと知ってるけど。─・・あんなに泣いていたは初めて見た。」
「・・・そうですか。」
「正直、信じられなかったけどね。お前がそんなこと言うなんて。」
「世の中、何が起こるか分かりませんよ。」
淡々と言葉を返す竜崎に、ライトは若干苛立ちを感じていた。
もちろん、竜崎も淡々と言っているようで、が泣いていたことを聞いて内心ざわついた。
「なんで別れた、なんて聞かない。ただ─・・」
「・・はい?」
「なんで泣かすんだよ。」
「・・・・。」
「僕がに気持ちを伝えて、と気まずくなったときにお前がなんて言ったか覚えてるか?覚えてないよな、実際こうして
泣かせてしまう結果になってるんだから。」
ライトの挑発するようなその言葉を竜崎はただ、聞いていた。
「“の悲しい顔も泣いてる顔も見たくない”って。」
「・・・そうでしたね。」
「あのときが泣いたとき、思ったんだ。」
「なんですか。」
ライトの言葉に対し、竜崎がそう返した瞬間だった。
ゴッ、と鈍い音がする。
瞬間的なことではあったが、確実にライトの拳が竜崎の顔にヒットしていた。
「・・痛いですよ。」
「痛いように殴ったんだ、当たり前だろ。」
「いきなり殴りますか、普通。」
「が泣いてたとき思った。お前のこと一発殴ってやらなくちゃ気がすまないって。」
「・・・・そうですか。」
納得したのかしてないのか分からないような、そんな言葉を返した数秒後、
まさかのこのタイミングで竜崎の携帯が規則正しい電子音を鳴り響かせた。
ディスプレイに映し出される名前を見て、思わず目を丸くし動きを一瞬止めた。
「すいません、電話です。」
「・・あぁ。」
ライトに殴られた頬をわざとらしく手で押さえながら、一言そう断った。
一息おいて、着信する携帯の通話ボタンをそっと押した。
『・・もしもし?』
たった一週間ぶりだというのに、この声にとてつもない懐かしさと、そして安心感を抱いた。
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